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第2章-1 事例に見る、ふるさと納税 変わる自治体職員の意識 阿波市
徳島県の中央北部に位置し、阿讃山脈(讃岐山脈)を背に、南に四国三郎と呼ばれる大河・吉野川を望む、水と緑に恵まれた自然豊かなまち、阿波市。平成17年4月、板野郡の吉野町と土成町、阿波郡の市場町と阿波町の4つの町が合併してできた市である。
平均気温16度の温暖な気候と肥沃な土壌に恵まれ、農地の約8割で蛇口をひねればすぐに農業用水が使えるという阿波市。その食糧自給率は136%と驚異的である。特産品にはナス、レタス、トマト、菜の花、大根、ぶどう、阿波牛、阿波ポークなどがあり、農産物18品目における出荷高や、乳牛・肉用牛・豚の飼養頭数で県内トップを誇る。阿波市の国道318号線は「フルーツロード」と呼ばれ、栽培農家がイチゴ(4月~6月)やブドウ(7月~9月)の直売所を設置し、県内外からの買い物客で賑わう姿が恒例となっている。
また、土成町宮川内の御所地区に伝わる名物料理「たらいうどん」は、一度食べたら忘れられないと観光客からの定評がある。卵を練り込んだコシの強い太麺を、つけ汁につけて食べる郷土料理。つけ汁は店ごとにこだわりの味があり、お気に入りの味を見つけるのも楽しみのひとつだ。
昭和6年、当時の県知事が訪れ、「たらいのような器に入ったうどんが美味かった」と話したことが広まり、「御所のたらいうどん」とも呼ばれるようになったという。
豊かな食に加え、徳島市内まで車で約30分、徳島阿波おどり空港まで約45分というアクセスと、歴史や文化資源にも恵まれた阿波市には、年間120万人の観光客が訪れる。なかでも、風雨によって砂岩層が削られてできた国の天然記念物「阿波の土柱」は、土壁がカーテンのひだのように連なって見え、まさに自然の芸術ともいえる雄大さを感じることができる。
弘法大師・空海が815年(弘仁6年)に開設したと伝えられる「四国八十八ヶ所霊場」。そのうち阿波市は、第7番札所「十楽寺」、第8番札所「熊谷寺」、第9番札所「法輪寺」、第10番札所「切幡寺」の4カ寺を有する。四国の中でも歩きやすい阿波市の遍路道には、四季折々の花や吉野川の水面近くに架けられた潜水橋などの見どころも。弘法大師の命日である3月21日前後になると、チリンチリンと澄んだ持鈴の音が響きわたり、白装束に身を包んだお遍路さんが道行く姿を見ることができる。
職員意識の改革を図り「選ばれる」阿波市へ
大自然と共生しながら、歴史や文化を大切にしてきた阿波市。平成19年に策定し、平成28年までを計画期間とする「第1次阿波市総合計画『わたしの阿波未来プラン』」では、「協働・創造・自立のまちづく り」を基本理念とし、将来像を「あすに向かって 人の花咲く やすらぎ空間・阿波市」と位置づけている。
総合計画から顕著に読み取れるのが教育面の充実である。たとえば、他郡市に先駆け平成 18 年度から英語講師を配置し、小学校1年生から英語活動を実施する他、平成27年度からは、「学力向上推進講師」を各小・中学校に配置し、複数の教師が協力して授業を行うチームティーチングや放課後学習の指導を通し、学力向上を図っている。まさに「人の花咲く」という将来像どおり、阿波市の未来を担う人づくりを核としたまちづくりの体現がうかがえる。
しかし、阿波市の人口は昭和60年(1985年)以来、減少傾向が続いており、平成22年の人口は3万9,247人と4万人を割り込んでいる。国立社会保険・人口問題研究所の推計によれば、平成52年には約2万5,500万人まで減少する見込みである。
さらに、阿波市を取り巻く商工業には課題もある。これまで阿波市は阿波市商工会との連携により、事業者の育成や支援、企業誘致などに努めてきたが、日本経済が依然として低迷を続ける中で、事業者の撤退や規模縮小が起こり、事業所数も減少傾向にある。阿波市商工会管内事業者の推移を見ると、平成18年は事業所数1,547社であったが、平成26年は1,367社まで減少している。阿波市の地域経済活性化を図るためにも、事業所数の減少に歯止めを掛けることが喫緊の課題となっている。
こうした厳しい状況を受け止め、市制施行10周年を迎えた平成27年。阿波市は平成27年から平成31年までの5年間を対象期間とする「阿波市総合戦略『輝く阿波市に煌めく未来』(以下、「阿波市総合戦略」)」を策定した。推進に際し、市民と行政の共通認識として5つのコンセプトが挙げられている。なかでも、阿波市の自治体経営に対する考え方が顕著に表れているコンセプトが、「『障壁』の打破」と「『選ばれる』阿波市づくり」である。
地方創生の推進を図る上では、種々の法律上の制約といった「制度上の課題」や「保守的な意識」、「旧町意識」、また行政における「職員意識の改革」など、さまざまな課題を克服しながら取り組む必要があるとしており、これらの「障壁」を打破するという強い決意が明言されている。
「『選ばれる』阿波市づくり」については、阿波市の最大の強みである農畜産業などで阿波市らしさを創生し、全国に発信することで、全国から阿波市が選ばれて人が集まる「アスタリスク(*)ターン」という新たな概念を提案し、実践している。
これはIターンやUターン、Jターン*に加え、「農業をやりたい」「豊かな自然の中で子育てをしたい」など、阿波市の魅力に惹かれて全国から人が集まるその中心に阿波市があるという現象を意味する。これら5つのコンセプトに対し戦略的に取り組むことで、平成72年(2060年)に「人口3万人以上確保」を目指すとしている。
*「Jターン」とは、地方から大都市へ移住した者が、故郷の近くの小さい地方大都市圏や中規模な都市に戻り定住する現象。
社会の構造変化で自治体の努力が試される
平成27年から「阿波市総合戦略」を推進してきた阿波市では、その3年前の平成24年度から「阿波市ふるさと応援基金」を設置し、自治体サイト上で寄附件数と寄附金額、了承が得られた寄附者の名前を公表するなど、透明性の高い行政経営に取り組んできた。また、阿波市ではふるさと納税は本来、出身地であるか、あるいは縁がある地域を応援したいという気持ちを形にする仕組みだと考えてきたことから、これまでは返礼品の送付を行なっていなかった。
阿波市企画総務部 次長 兼 企画総務課長の安丸学氏はふるさと納税制度が開設される前から、行政として常々感じていたのが「税収のアンバランス」だといい、こう続ける。
「ふるさと納税は、地方創生の一環として設けられた税制上の仕組み であります。地方で生まれた多くの方は高校まで地域で育ち、その後、進学や就職で都会に出て、そのまま都会で納税されるのが現状です。人間の土台づくりは地方で行われているのに、地方は税収を得ることができません。地方には地方の都会には都会の言い分があると思いますが、ふるさと納税制度についてはさまざまな意見がある中、生まれ育 った故郷に対する思いから、自らの意思で納税できる仕組みは大きな意義があると思います」
人づくりを核としたまちづくりを推進してきた自治体だけに、居住地以外の地域に何らかの貢献をしたいという出身者の思いを汲み取るふるさと納税に対し、並々ならぬ思いがあるようだ。
「阿波市総合戦略」においても、移住やUIJターン、新規就農に関する県外に向けた情報発信の一つとして、「ふるさと納税制度を活用したPRの推進」を明確に打ち出しており、税収の確保、PRの推進、産業育成を目的に、平成28年2月29日からふるさと納税サイトを導入し、返礼品の送付による本格的な取り組みを始めるに至った。
地方創生の推進を図る上で、「職員意識の改革」が不可欠であることが明確に打ち出されているが、ふるさと納税の運用に際しても「職員意識の改革」が欠かせないという。
「ふるさと納税は、自治体の努力が試される制度でもあると思います。努力した自治体は納税のみならず、返礼品により地元産業に活力を与え、特産品の認知度拡大にもつながります。そういった大きな流れの中で、阿波市も職員の意識を変えていきながら、戦略的にふるさ と納税に取り組んでいかなければならない、と感じています」と安丸氏は語る。
市の“お墨付き”ブランドとして「特産品認証制度」を創設
「農業立市」を目指す阿波市では、料理研究家らを中心に阿波市で採れた野菜を“阿波ベジ”と称し、PRに取り組む市民団体「阿波ベジ☆ プロジェクト」が発足され、幼稚園や小学校などで食育活動が行われてきた。また、野菜ソムリエの資格取得を志望する人の資格取得講座に係る費用の一部を、市が支援する「野菜ソムリエ資格取得支援事業」を推進するなど、これまで市民と行政が一体となって農業振興に注力してきた。
さらに、阿波市産の野菜の魅力を広めるため、新たに始まった取り組みが地元産の農産物や加工品などを市のブランド特産品として認証する「特産品認証制度」である。認証された特産品は市の“お墨付き”ブランドとして専用のホームページやカタログなどで紹介する他、ふるさと納税の返礼品として活用することで、市が販売促進や認知度拡大などを支援する。また、この制度は『応援します!阿波市で育ったいいものを』のスローガン通り、「がんばる生産者」を応援し、ブランド産品づくりに向けた生産者のさらなる意欲や活力の向上を目的として実施している。
商品パッケージなどに表示される認証マークは、「GOOD JOB(上出来、いい仕事)」を表すジェスチャーをモチーフにしたもので、認証された産品が阿波市が誇る高品質なものであることが一目でイメージできるようになっている。また、親指部分に