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2ページ 事例に見る、ふるさと納税 マーケティングの入口に活用 宮古市

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寄附件数の推移を見ると、震災以降、もっとも寄附件数が多い使途は「東日本大震災の復興」が続いてきたが、返礼品の送付を開始した平成27年度は「市長におまかせ」になっている。「市長におまかせ」にもっとも多くの寄附が集まる傾向は、多くの自治体で見られることでもある。前述のとおり宮古市では寄附金の具体的な活用状況の情報公開に制度開始当初からいち早く取り組んでおり、「市長におまかせ」とされた寄附金も、どのように活用されたか市のホームページに掲載をしている。

多額の維持管理費が掛かる「津波遺構」は周知が不可欠

7つのテーマの中でも注目したいのは、平成26年度から追加された「津波遺構(たろう観光ホテル等)の保存」である。初めて追加された平成26年度は、「東日本大震災の復興」に次いで多くの寄附が集まっており、世間の関心が高いことがうかがえる。これに対し、平成27年度は、「市長におまかせ」を含む8つのテーマのうち、「津波遺構の保存」は3位となっている。

津波遺構とは、津波が原因で倒壊した建物を、次世代に向けた教訓や記憶の風化防止などを目的に、取り壊さずに保存しておくことである。東日本大震災によって倒壊した建物を津波遺構として保存を求める声がある一方、震災を思い出したくない人もいることや、保存に多額の費用が掛かることから取り壊された建物は多い。津波遺構を巡っては賛否両論がある中、4階まで浸水し2階まで柱を残して流出した、田老(たろう)地区のたろう観光ホテルは保存整備に復興交付金を投入する国の津波遺構の認定第1号となっている。

宮古市は平成26年3月に土地と建物を取得。保存整備の初期費用として国から約2億円の支援を受けたが、維持管理費は対象外となるため、ふるさと納税の寄附金などで賄わなければならない。維持管理費は平成28年度から19年間で7,844万円と試算されている。そのような財政上の事情と津波遺構の活用のために、平成27年4月からたろう観光ホテルを見学する「学ぶ防災ツアー」が実施され、見学者は10万人を突破している。

津波遺構が一般的に馴染みのない言葉であることから、ふるさと納税サイトや自治体サイトに使途の名称を掲載するだけでは、内容が理解されていない可能性がある。新たに加わった馴染みの薄い使途については、より分かりやすい説明が必要と言えそうだ。

その他、ふるさと納税の寄附金を財源として実施している事業のうち、近年、特に力を入れているのが「復興推進スポーツチャレンジ事業」である。東日本大震災により多くの運動場が損なわれ、子どもたちの体力低下が懸念される状況にあることから、心身の健康増進を図ることを目的に、子どもたちにスポーツに親しむ機会を提供する事業である。当事業は、震災以来、毎年実施されている。

また、三陸沿岸道路(復興道路)用地の一部となった田老児童館は、移設するまでの期間、仮設児童館が必要となったため、「田老児童館移設事業」にも寄附金を充当している。

限定500個の「焼うに」が水産業再生の足掛かりに

平成27年10月27日。12事業者、27品目による返礼品の送付とクレジットカード決済がスタートすると、わずか2 ヶ月で同年の寄附は1,574件、4,181万円に到達した。特に年内の駆け込み需要が増える12月は、1 ヶ月で1,200件もの申し込みが入った。最初は様子見、という事業者が多かったが、現在は23事業者、44品目にまで拡大している。(平成28年8月1日現在)今年度は寄附金額1億円を目指すという。

「1回参加した事業者で辞めた人はいません。それだけ有力な販路を得られたと実感しているのでしょう」と中野氏。

宮古市では「宮古市の魅力を伝えることができる商品等」という要件を設けていることから、返礼品は海産物が中心となっている。市の魚でもある鮭をはじめ、ワカメ、いくら、アワビ、かれいなどが、素材のまま、あるいはカレーや菓子などの加工品となり、三陸の海の幸を満喫できる。

なかでも、ユニークな返礼品として人気を集めているのが重茂(おもえ)漁業協同組合(以下、重茂漁協)の「焼うに」(寄附金額1万円)だ。ミネラル豊富な海水と海藻を食べて育った重茂半島のうにを天然アワビの貝殻に盛り付け、特製の焼き釜で直焼きしたもので、味・食感・風味ともに極上の逸品である。さとふるのサイトに限定500個を出すやいなや即品切れとなったそうだ。

「重茂漁協の焼うには元々ブランド力のある商品ではありますが、ふるさと納税をきっかけに一気に知名度が上がり、多くの寄附者の目に触れることになりました」と渡邊氏。さらに、震災による資源保護を目的として収穫量が制限されたことで、結果的に限定品というプレミアム感を生み出し、ブランド価値の向上にもつながった。

次代を担う若手経営者が連携し宮古ブランドを世界に発信

周知の通り、東日本大震災は宮古市の漁業に壊滅的な被害を与えた。漁船や漁港施設の多くが津波に流され、養殖施設や加工所も全壊や浸水などの打撃を受けた。水産業は漁獲から製造・加工・流通・販売までが一体であるため、関連産業のどこが欠けても機能しない。宮古市の産業構造の中で漁業・水産養殖業が占める割合は低いものの、製造業や加工業、小売業などに従事している人たちの多くは漁業・水産関係であり、製造や販売の復旧なくして漁業のまちの再生・発展は成し得ない。宮古市にとって一筋縄ではいかない経営課題であるが、それでも震災から5年を経て明るい兆しが見え始めている。

東日本大震災で被災した、水産加工業4社の若手経営者が「宮古チ ーム漁火」を結成。企業間の垣根を越えた連携で、宮古ブランドの世界への発信を目指している。4社各々の強みが異なるため、4社は協業で製造・加工・仕入れ・販売のノウハウを共有。震災を機に鮮魚を扱う従来型ビジネスモデルから脱却し、6次産業化による商品開発と販路開拓を進めることで、震災から約4年で、4社すべてが震災前の水準にまで経営を立て直すことができた。

同チームが開発した第一段商品「岩手県産うにいか」は、ウニとイカを塩だけで味付けした、シンプルながらも素材の味が際立つ一品。第3回宮古市新加工品コンクールで最優秀賞を受賞した味わいである。「宮古チーム漁火」はふるさと納税の協力事業者として、宮古市に返礼品の提供を行う他、台湾の見本市に出展し商談を成立させている。

地場産品を使った商品開発と宮古のブランディング。その取り組みが着実に実績を積上げているのは、若手経営者による垣根を越えた連携から生み出されたアイデアと再生への情熱があったからこそだ。「宮古チーム漁火」の挑戦は、これからも地場産業の底上げとまちの活性化に貢献していくことだろう。

再生から発展に向けて観光振興に注力

今年度は復興計画における「再生期」の最終年度。来年度からの「発展期」に向け、宮古市民が復興を実感できるよう、観光の振興にますます力を入れていく方針だ。

「現在は浄土ヶ浜パークホテルの宿泊券や浄土ヶ浜遊覧船の乗船チケットなど、宮古市の特徴を活かした返礼品の拡充を図っています。寄附の入口は焼うにでも、宮古市の魅力に触れたことで足を運んでもらえたら」と中野氏は語る。

三陸海岸屈指の景勝地である浄土ヶ浜は、鋭く尖った白い流紋岩、松の緑、海の群青が素晴らしい景観を織りなしており、300年ほど前、宮古市の常安寺住職、霊鏡和尚が「さながら極楽浄土の如し」と感嘆したことから名付けられたと言われている。また、浄土ヶ浜海水浴場は入江によって外海から守られ、波が湖のように静かであることから、環境省による快水浴場百選の選定地とされている。

返礼品に追加された「浄土ヶ浜遊覧船の乗船チケット2名分(ウミネコパン付き)」(寄附金額1万円)は、こうした浄土ヶ浜の魅力をまるごと堪能できる約40分のクルージングである。東日本大震災によって、3隻のうち2隻が流出してしまったが、船長のとっさの判断で難を逃れた1隻のみで、震災4ヶ月から運航を再開している。遊覧船のスタッフは「震災で人工物は破壊されましたが、雄大な自然景観は不変です。ぜひ多くの方々に宮古を訪れてほしいと心から願っています」と話す。

一時は客足が遠のいた宮古市だったが、地元事業者の復興に向けた確かな足取りや、ふるさと納税による知名度の向上などにより、平成27年は122万人の観光客が訪れ、まちはかつての賑わいを取り戻しつつある。

また、毎年8月第一日曜日に重茂漁港で開催される「重茂味まつり」では、第10回目を迎える今年も市内外から多くの客が訪れた。宮古市によれば、宮古市魚市場の水揚げ量も平成26年度に4.1万トンと、震災前の平成22年度の4.4万トンに迫る回復を見せている。

岩手初のフェリー運航でインバウンドに期待

ふるさと納税の財源として実施する事業のうち、とりわけ平成28年度は「宮古港フェリー利用促進事業」に注力するという。

平成30年6月に、宮古港と室蘭港を結ぶフェリーの開設が予定されており、岩手県内を発着するフェリーの運航は初めてだ。開設されれば、物流と観光の新たな展開が促進され、また、三陸沿岸道路(宮城県仙台市-青森県八戸市)の整備も進んでおり、フェリーとの相乗効果も期待できる。

運航は1日1往復。宮古を朝出港し、10時間ほどかけて室蘭に向かうという。外国人観光客が増えている昨今、さらなるインバウンド効果が期待できるはずだ。

東日本大震災をきっかけとして、風評被害が起こる一方、被災地の産品を購入する「応援消費」が全国的な広がりを見せた。しかしながら、震災発生から5年が経過した今では、その動きも沈静化している。ふるさと納税による寄附も一時的な盛り上がりで終わることのないよう、震災復旧と地場産業の支援事業として定着させるべく、宮古市の舵取りに大きな期待がかかる。

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