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第2章-2 事例に見る、ふるさと納税 マーケティングの入口に活用 宮古市
岩手県沿岸部のほぼ中央、本州最東端に位置する岩手県宮古市。海岸部では、本州最東端の岬「トドヶ崎」をはじめ、名勝「浄土ヶ浜」や奇岩「三王岩」など、壮大なリアス式海岸が刻む変化に富んだ絶景を望める。一方、山間部は、北上山地の最高峰の早池峰山や南部鼻曲り鮭が遡上する閉伊川などの大自然に包まれている。
豊かな自然に恵まれた三陸地域は、5億年前からの大地が観察できる世界的に見ても価値が高いことから、平成25年に「三陸ジオパーク」が日本ジオパークに認定された。岩手県を中心に青森県八戸市から宮城県気仙沼市までの沿岸全16市町村で構成され、南北約300キロ、約6,000平方キロメートルと日本最大規模を誇る。北山崎や早池峰山などの景勝地もジオサイトとして登録され、その数は48 ヶ所にわたる。同年5月に自然公園を再編した「三陸復興国立公園」とともに全国からの注目が高まっている。
近年、日本全国で市町村合併の動きが進んでいるが、宮古市も例外ではない。平成17年に田老町・新里村と合併し、平成22年には川井村が加わったことで、市の面積は2倍弱の約1,260平方キロメートルに拡大。人口は約5万6千人になった。県内一の面積を有する新しいまちとなった宮古市は、市の将来像に掲げる『「森・川・海」とひとが共生する安らぎのまち』の実現を目指し、さらなる発展に向けて共に歩みを進めてきた。
震災発生から時間を経るごとに寄附の件数・金額が減少
平成23年3月11日に発生した東日本大震災では、大津波により東北地域の宮古市他、多くの尊い命と貴重な財産が奪われた。以来、宮古市は「東日本大震災復興計画」に基づき、震災からの復興を最重要課題として市政に取り組んでいる。
単純に元の姿に戻す(復旧)のではなく、震災を教訓にしつつ、宮古市のさらなる発展を念頭に置いた復興であることが重要との考えに基づき、震災後の9年間を、3つの段階、①平成23年度から25年度までの「復旧期」、②26年度から28年度までの「再生期」、③29年度から31年度までの「発展期」と区分し、各段階を意識し費用対効果も十分に検証しながら施策を進めてきた。各種施策が推進されている中、「再生期」の半ばを迎えた平成27年は、宮古市誕生から10年、奇しくも震災により港湾機能の多くを失った宮古港が開港400周年という記念すべき年を同時に迎え、再生に向かって力強く歩む姿を全国に発信する機会ともなった。
森・川・海の豊かな自然環境を背景に、「漁業と観光のまち」として発展を目指してきた宮古市は、ふるさと納税制度開設当初から使途を指定できるようにするとともに、自治体サイト上で受入額の実績と具体的な活用状況の両方を公開するなど、透明で分かりやすい自治の推進に努めてきた。また、宮古市では震災復興の取り組みを最優先にしてきたことや、ふるさと納税は本来、出身地であるか、あるいは縁がある地域を応援したいという気持ちを形にする仕組みだと考えてきたことから、平成27年10月26日までは返礼品の送付を行ってこなかった。
これまでの取り組みについて、宮古市総務部 財政課財政係主査の渡邊伸也氏は次のように話す。「寄附状況の規模は、年に数件と決して多くありませんでしたが、東日本大震災が起こった平成23年度は679件、2億477万円と過去最大になり、多くの寄附者から温かいご支援をいただきました」
財政係主査の中野昇二氏も「被災した年から毎月2万円ずつ寄附し続けてくださる方や、返礼品を受け取らずに寄附してくださる方も全国にいらっしゃいます。立場が逆だったら自分はここまでできるのか、と思うこともあります」と感謝の気持ちを語った。
多くの寄附者に支えられながら復興への道を歩んでいることを実感する一方、宮古市を悩ませたのは平成23年度をピークとした寄附件数と寄附金額の落ち込みである。3年後の平成26年度には328件、3,512万円まで減少している。
確かに震災発生から間もない頃は、テレビなどで被災地の報道を見聞きする機会が多くあるが、報道が減っていくにつれ世間の関心が薄れやすいこともまた事実である。そして、東日本大震災の次は熊本地震というように、新たな災害支援に支援が集まりやすいといった側面もある。
「正直なところ、まるで通販サイトで買い物をしているかのような感覚で『返礼品は扱っていないのか』といった問い合わせを受けることもありました。また、宮古市民の中でも、宮古市のふるさと納税の取り組みに対してはいろいろな考え方があるようで、『被災した他の地域では返礼品を出している。宮古市は返礼品を送らないのか』といった問い合わせもありました」と中野氏。良くも悪くも、被災自治体が実施するふるさと納税に対し、世間の関心が非常に高いことがうかがえる。
震災3年以降、被災自治体間で本格的な取り組みが相次ぐ
震災発生から3年を経過した頃から、被災自治体の中でふるさと納税の取り組みがにわかに活発化し、中断していた返礼品の送付を再開したり、新たに送付を始めるケースが目立ってきた。宮城県東松島市が平成26年4月より、宮城県石巻市が平成26年9月より、岩手県陸前高田市が平成27年7月より返礼品の送付を再開させた他、宮城県名取市が平成27年6月より、岩手県釜石市が平成27年10月より新たに返礼品の送付を開始している。さらには、宮城県名取市と東松島市、陸前高田市は独自にふるさと納税特設サイトを設置し、寄附者との継続的な関係構築を目指すなど、被災自治体間でもふるさと納税の取り組みに大きな差が生じてきた。
ふるさと納税を取り巻く新たな流れの中にあっても、宮古市はあくまでも市の経営方針や復興を含めた施策に共感してもらえる寄附者を集めるとともに、寄附への感謝の気持ちを分かりやすく示すことを目的に、文字通り寄附への「お礼の品」としての返礼品の送付と、インターネットでの申込みやクレジットカード決済などの環境整備を検討するに至った。
「商工会議所と話し合った結果、被災した事業者も多いため、返礼品の送付を始めるなら、事業者の手間が掛からないことや、返礼品の実費や送料は市が負担し、事業者には金銭的にも負担させないことが第一条件でした」(渡邊氏)
また、通販の経験がない中小企業が、ふるさと納税をきっかけに個人情報保護法の管理事業者になっていることに気づいていない場合も少なくない。人気の返礼品を扱う事業者の場合、月に何百件、何千件という申込みが入るため、ふるさと納税によって新たなオペレーションが発生することは事業者にとって大きな負担となる。一方、宮古市の職員にとっても、個人情報の管理を含めたふるさと納税に関わる事務負担をいかに軽減するかについては市の経営課題でもある。
「他の自治体では、地域振興や産業振興、企画担当課などがふるさと納税の担当部署になるケースが多いですが、宮古市では財政課が担当しています。震災復興で職員が不足しており、どの部署も人員を割けない状況にあります。事業者にとっても、我々職員にとっても、極力負担にならない仕組みが必須でした」と中野氏。
こうした被災自治体固有の事情があることから、複数のふるさと納税サイトを比較検討した結果、最終的に一括代行のさとふるをパートナーに選ぶこととなった。
創意工夫を促すことでマーケティングの入口に
ふるさと納税の本格的な取り組みを開始するにあたり、宮古市では平成27年9月25日に返礼品の協力事業者の募集要項を発表した。募集する返礼品については、第一に「宮古市の魅力を伝えることができる商品等」とした上で、「宮古市で生産、製造、加工されているもの、市内の原材料を使用しているもののいずれかに該当していること」などの要件を挙げている。
商工会議所との連携のもと、事業者向けに説明会を開いた宮古市であったが、域外の寄附者や住民からの返礼品に対する要望の高まりとは裏腹に、事業者は慎重な姿勢を見せていたという。「説明会には参加したものの、実際には協力事業者となるまでに至らない事業者も少なくありませんでした」と中野氏は振り返る。
しかし、宮古市が事業者にもっとも伝えたかったのは、「マーケティングの入口として活用してほしい」ということだった。
「エントリーできる品数を3品までと制限することで、事業者にどんな商品構成にするかなど、戦略をじっくり考えてもらいました。採用決定後も思うように申込みが入らなければ商品を入れ替えるなど、ふるさと納税を実験の場とした創意工夫を促しています」と渡邊氏。事業者の手を煩わせず、金銭的にも負担がないため、まずは返礼品事業を始めてもらい、ふるさと納税を通じて事業の発展につなげてもらえたら、との思いがあったそうだ。最初は積極的に手を挙げる事業者は少なかったが、それでも最終的には12事業者、27品目を揃えることができた。
使途の指定先は復興から「市長におまかせ」が最多に
かつて経験したことがない大災害に見舞われた宮古市では、まちづくりの指針となる「宮古市総合計画」に掲げる都市の将来像『「森・川・海」とひとが共生する安らぎのまち』の実現を目指し、寄附金を以下の7つのテーマ(市長におまかせを除く)に関する事業に活用している。また、緊急支援として、今年8月30日に岩手県大船渡市付近に上陸した台風10号で浸水被害が発生したことを受け、新たに「平成28年台風10号による被害への対応」が追加された。
前述の通り、宮古市では、制度開始当初から使途を指定できるようにするとともに、自治体サイト上で受入額の実績と具体的な活用状況の両方を公開するなど、積極的に説明責任を果たしてきた。