2019/06/26
牛飼いの"その先"を実現
山下牛舎 和牛の未来を考える肥育農家
佐賀県の中央部に位置する江北町で、佐賀牛の肥育農家を営む山下牛舎。ふるさと納税で多くの寄付者に支持された結果、精肉店・加工場の拡大移転、飲食店のオープンにつながりました。
畜産業のみならず新たな挑戦を続ける山下牛舎 代表の山下秀弥さんに話を伺いました。
牛とのコミュニケーションを大切に佐賀牛を育てる
山下牛舎では、現在約400頭の牛を飼育し、審査基準が全国で2番目に厳しいといわれる佐賀牛を全国へ届けています。
「昔からこの地で農家としてやってきたのですが、畜産は父の代から2代目ですね」と教えてくれたのは山下牛舎の山下秀弥さんです。山下さんのご両親と弟さん、従業員の方の5名で牛の世話をしているそう。
「弟は先に就農していたのですが、私は約10年前に就農しました。その頃に今の大きな牛舎が立ち、生産量が拡大したんです」
牛舎の様子。牛たちは好奇心旺盛
少人数で多くの牛を世話することはとても大変ですが、牛を育てる上で大切にしていることを伺いました。
「重要なことは日々の観察です。身体の大きさや体調、顔色などを毎日観察することで病気の発見も早まるんですよ。牛とのコミュニケーションを大切にしています」
また、飼料は山下さんや近隣農家が生産している米の稲わらなどを与えています。
「牛の糞から肥料をつくり、有機栽培で米を生産し、その米を刈った後のわらを牛が食べるという循環型農業を実現させています。リタイアする農家さんから田んぼを預かって米をつくっていたりもしますね」
飼料にこだわりながら環境に配慮し、無駄のない取り組みを推進することで、美味しいお肉を届けながら、地域の保全にも力を入れています。
自ら育てた稲わらを活用して飼料をつくる
学生時代からの夢「生産から販売まで」
「学生の頃は牛飼いから離れたいと思って、学校を卒業して他の仕事に就きましたね。結局は『やっぱり牛飼いや農業をやりたい』と思って帰ってきました」
就農してから、先代から続く米の生産や牛の肥育だけではなく、肥育の"その先"の販売をやるのが夢だったと話す山下さんは、5年程前に精肉店をオープン。ほかにも、精肉店のオープン前から、奥様の仕事になればと考え、催事での佐賀牛のハンバーグ・ハンバーガーの提供などを行ってきました。
「自分では覚えていないんですが、私が高校生の頃に『どうせやるなら生産から販売までやりたい』といっていたと友人が教えてくれたんです」
高校生の頃からの想いが夢となり、そして今ではその夢を実現させています。
催事などで大人気のハンバーグ。つなぎを使用しないシンプルなつくり。
甘くて肉々しい味わいが特徴
真摯に向き合うことで生まれる信頼
ふるさと納税に参加し、全国への流通量が増加したという山下牛舎。ふるさと納税に参加したきっかけを聞きました。
「ふるさと納税はもとより"特産品の魅力を全国へ伝えられる制度"として興味があり、江北町がふるさと納税のお礼品提供に力を入れ始めるときに手を挙げました。おかげさまでたくさんの寄付者の皆さんへ、山下牛舎の佐賀牛を届けることができています。私たちは牛が生きているときから接しているので消費者に対する責任感が違います」
「ずるをしたくない」といっていた山下さん。"美味しい"と思ってもらえる肉を届けることに真摯に向き合う肥育農家が、直接消費者に佐賀牛を届けることで寄付者の方々の信頼を得ているのだと感じました。
「農業だけをしていると消費者を相手にした商売の仕方がわからず、直接お金につながる術を知らない事もあるでしょう。それがふるさと納税をきっかけに消費者と直接つながることができた生産者は多いと思います」
山下牛舎もふるさと納税をきっかけに客層が広がり、お中元やお歳暮の贈り物など、毎年数多くの注文を受けるようになりました。
好きだからこそ死ぬまで続けたい
ふるさと納税の規模が拡大し、佐賀牛だけでなく、多くのブランド牛肉が家庭に並ぶようになりました。佐賀牛も流通量が増え、認知度だけでなく、価値が上がり高値で取引されるようになりました。
「単価が高くなったものの、2010年に起きた口蹄疫の影響に加え、ふるさと納税でブランド牛肉の流通量が増加したことなどから仔牛が不足しており、仔牛の価格は以前の2倍ほどにもなっています。そのため、導入コストも高くなり、日々の肥育費用はもちろんお金も労力もかかります。真剣に向き合って育てた牛も全てが出荷できるわけではないのが現実です」
それでも「こだわらないと良い牛が育たない」という山下さん。
「牛は本当に可愛いし癒されます。牛飼いは時間も労力もかかりますが、好きだからこそ死ぬまで続けたいですね」
山下牛舎 代表 山下秀弥さん
ふるさと納税で永続性のある事業を開始
畜産業は後継者不足が問題になっています。
「今これから仔牛の生産者も高齢化し、和牛を育てる人が少なくなっていきます。だからこそ新しいことを始めることが大切です。弟は今年から仔牛の繁殖にチャレンジしています」
一方、山下さんはふるさと納税で販路の拡大を図り、収益を上げたことで、2018年11月に精肉店・加工場の拡大移転と焼肉店を新規オープンしました。
「タイミングよく良い物件の話をいただき、精肉店・加工場を国道沿いに移転し、同じ敷地に念願の焼き肉店を構えることができました」
あえて国道からすこし隠れた場所に位置する「佐賀牛やきにく やました」
また、精肉店も肥育農家直営だからこそ普通の精肉店とは異なります。山下牛舎では、お客さんの要望を聞き、それに合うお肉を提案しているそう。さらに、精肉店・焼き肉店のオープンに伴い、地元の雇用拡大にも貢献しています。
精肉店の店内
「かねてからの『生産のその先を実現させたかった』という想いと、『ふるさと納税制度に依存してはいけない』と考え、ふるさと納税事業以外の事業に資金を充て、未来のために活用したいと思ったんです。間違いなくふるさと納税でたくさんの方に選んでもらったことで実現できたと思っています。」
制度をきっかけに、永続性のある事業のためにふるさと納税の収益を活用しています。
山下さん(右)と山下麻衣子さん(左) 精肉店の前で
牛飼いの未来のために
精肉店の拡大移転や焼き肉店オープンのほか、ふるさと納税の収益を活用し海外視察を行いました。
「肉用牛の世界は生産者減少の問題もありますが、TPPの影響で安い輸入肉が今まで以上に流通するとされています。和牛の生きる道を模索するため、肥育と"その先"にある販売だけでなく、業界全体のことも考えています。田んぼや畑もそうですが、牛飼いも一度人の手から離れるとダメになってしまいますし、景観も損なわれます。畜産業の就農者が減るからこそ"保全"は大切です。キレイな景観を守り、地域全体・農業・畜産業界の保全・発展につなげていきたいです」
畜産業は命を預かるため1日も休めず、手を抜くことができません。
「食は人間の命、根本を担っています。だからこそ良いものを届けたいという使命感があります。肥育だけでなく、仔牛の繁殖や店舗運営などの新しい取り組みは"楽しい"です。これからも畜産業の未来のために頑張りたいです」
山下牛舎をきっかけに、江北町、佐賀県の畜産業が発展することに期待しています。