2019/07/16
トンネルを活用して「本物」を届ける
唐津くん煙工房 試行錯誤を繰り返し「トンネル熟成」を実現
建設が中止され、幻の路線となった呼子線のトンネルを有効活用し、トンネル内で生ハムやサラミの熟成を行う唐津くん煙工房。ハムやソーセージ、サラミづくりに加え、新たに「豚の熟成肉」の製造に向けて動き出しています。
トンネルを活用するかつてない取り組みに挑戦し、進化を続ける唐津くん煙工房の雪竹俊範さんに話を伺いました。
「粉雪サラミ」熟成庫内の様子
経験を活かし、安全で美味しい「本物」を届ける
数多くのメディアで取り上げられる唐津くん煙工房。昔から「自分の作るものを届けたい」という想いがあったという雪竹さんに、なぜ食肉製品製造業を始めたのか、伺いました。
「会社員時代、百貨店に勤めていて、外商や食品バイヤーなどを務めました。そんな中、管理栄養士の資格を持っていたこともあり、当時の社長から『食肉の勉強をしてほしい』と命を受け、当時千葉県柏市にあった食肉技術学校に半年間通い、『食肉加工の基本』を学びました。そこでハムやソーセージの勉強をしたんです」
有限会社 ふるさと倶楽部 代表取締役 雪竹 俊範さん
長年百貨店に努め、お客さんに「本物」を届け続けた雪竹さん。その後食肉加工品メーカーに転職した際、本当に安全・安心で美味しい、自分が納得できる「本物」をつくりたいと思うようになりました。
「バイヤーの経験から、どういうものを作って、どのように伝えるとバイヤー自身に"良い"と思ってもらえるか。『バイヤー側の求めるもの』が理解できることは強みでした。外商にいたこともあり、人脈にも恵まれていました」
これまで一貫して食品に関わってきた中で、ついに1996年、自分の経験を活かすことができる、美味しいハム・ソーセージづくりを目指して「唐津くん煙工房」を立ち上げました。
前例のない「トンネル熟成」への挑戦
雪竹さんは、安全で安心なハム・ソーセージを届けたいと考えた時、「合成添加物を使わない」というこだわりにたどりつきます。
「とにかく合成添加物は使わない。やはり肉を勉強し、食肉に関わってきからこそ、無添加のものを届けたいと思いました。本当にこだわっているので、普段から自社製品を口にしている従業員や私の家族は、添加物が入っている加工品を食べると、すぐにわかるくらいです」
燻しベーコンやロースハム、粉雪サラミなどの盛り合わせ
燻しベーコンは生肉を焼いたかのようなジュ―シーさが印象的
今では30種類以上の商品を取り扱っている
アイディア商品の「手羽ポケットン」
九州産華味鳥の手羽先の中にソーセージの生地を詰めた逸品
このように「本物」づくりに励む中、幻の路線となった呼子線の「鳩川トンネル」の存在を知り、トンネルを使って、生ハムやサラミなどの、非加熱の食肉製品をつくりたいと考えます。
「生ハムやサラミなどの熟成は、適切な温度・湿度を保つことが重要。高温多湿の日本では、冷蔵庫や熟成庫で熟成させますが、スペースも必要ですし、電力などのランニングコストもかかるため、なかなか長期熟成の生ハムやサラミが作れません。一方、ヨーロッパでは伝統的なワインやチーズ、生ハムやサラミの長期熟成に天然の洞窟などが使われているんです。山を切り崩して中にトンネルを建てるので、山が熱を遮断することで、トンネル内はある程度一定の温度・湿度が保たれます。その点に注目し、トンネルを活用したいと思いました」
早速、県に経営革新計画を申請し、承認を受けますが、未使用といえ、トンネルを食肉加工品の熟成庫として活用するという前例のない事業に、保健福祉事務所から歯切れのいい返事をもらえなかったそうです。
人気商品の「粉雪サラミ」
白カビで覆われた珍しいサラミ
トンネルの活用方法を模索しているなか、唐津市に九州大学から「地下空間を利用した食品の貯蔵実験をやりたい」という申し出が入ります。
「地下空間はありませんが、未使用のトンネルがあることに九州大学が目をつけ、『鳩川トンネル』を食品の貯蔵実験に使ったんです。後で市の職員さんに聞いたら、私たちがトンネルを使いたいといっていたことが、研究の受け入れの一助にもなったみたいです。
九州大学が研究成果を発表するとき、発表会に招待してもらって、『共同研究してください』と直接教授に相談したんですよ」
トンネル入口の様子
共同研究の話が進み、トンネル熟成の道が開けます。
「共同研究がスタートしても、前例がないので試行錯誤の連続。衛生管理や設備投資はもちろん、トンネルの周りの車道整備などの環境を整えたりもしました。必要条件をそろえるのに1年近くかかりました」
必要条件がそろっても、すぐに熟成庫として機能するわけではなかったそう。
「焼酎やワインの貯蔵にトンネルを使っているところはあるけれど、食肉加工品の場合はきちっとした空調の調節が必要なんです。
繰り返しになりますが、トンネル熟成で一番大変なのは温度と湿度の調節。温度・湿度がある程度一定とはいえ、季節やトンネル内の位置によって異なってきます。特に湿度の調整では、冷たい空気と温かい空気を入れ替えるなど、細部にまで気を配っています。うまく空気を循環させないと適度な熟成環境にならないんです。
共同研究が終わっても完璧とはいえなかったので、ひたすら調整を繰り返す。空調屋さんも経験がないので、自分で考えて何回もやり直しました」
少しずつ空調環境を整え、衛生面・安全面の問題をクリアし、2009年、ついに熟成庫にふさわしい空間ができあがりました。
湿度調整の為の配管
トンネルの中に張り巡らされている
温度が安定しているというトンネルの長所を活かしつつ、熟成庫に必要な湿度調整機能を試行錯誤のうえ完成させ、いまでは国内のみならず海外からドイツ人マイスターも見学に来るほどになったそう。
「唐津くん煙工房」の全製品は、このトンネルでじっくり熟成されます。
トンネル入口付近
入口とは反対側のトンネルの奥に向かって熟成庫が続く
ふるさと納税で全国へ『豚の熟成肉』を届けたい
こうして完成させた商品は、地元の人に親しまれてきました。今ではふるさと納税などを通じて全国で味わうことができます。
「お客さんの中に、隣町の伊万里市の職員さんがいて、『ふるさと納税しないの?』と聞かれました。当時唐津市ではまだふるさと納税のお礼品提供に力を入れ始めたばかりだったので、もっとやるべきと、唐津市に声をかけたんです。
ふるさと納税は寄付者に送料の負担が発生しない分、事業者が"商品力"で勝負ができるので、もっと盛り上げていきたいですね」
「ふるさと納税を通して唐津に貢献できたら」という雪竹さん。今後の展望を教えてくれました。
「2019年の冬頃から来年にかけて、『豚の熟成肉』を扱おうと思っています。これもトンネルを使って熟成させます。牛肉やジビエの熟成肉は多くありますが、『豚の熟成肉』ってあまりないんです」
雪竹社長が自ら加工工程を考え、従業員一丸となり製造に取り組んでいるところです。
さらに、新商品だけでなく、HACCP※認定を目指し、加工工場を建て替える予定です。現在の加工工場に隣接した店舗を移転し、加工工場を拡大させるそうです。
「移転後の新しい店舗では、現在は提供していないテイクアウトのメニューを提供する予定です。テイクアウトで楽しんでもらったり、珍しい『豚の熟成肉』の購入など、唐津に来るきっかけになるような商品づくりや店舗の雰囲気を作りたいです。
ふるさと納税を活用して、全国に『唐津くん煙工房』の商品や唐津産の『豚の熟成肉』をアピールし、ゆくゆくは地域活性化に繋げていきたいです。店名が『唐津くん煙工房』だから、やはり唐津に、地元にも貢献しながら、地元を活かし地元に活かされるような企業でありたいと思います」
創業からトンネル熟成庫の活用、新商品開発や工場拡大まで、進化を続ける「唐津くん煙工房」から目が離せません。
※HACCPによる衛生管理は、危害要因を各工程において分析し、重要な工程を重点的に管理することで、最終製品が安全であることを証明するものとなり、消費者に確実に安全な製品を提供することが可能となります。