「令和6年1月能登半島地震」レポート:前編
2024年1月1日16時10分に石川県能登地方で発生した「令和6年能登半島地震」。
この地震により石川県輪島市や志賀町で最大深度7を観測したほか、能登半島の広い範囲で震度6強や6弱の揺れを観測し、多くの被害がありました。
「さとふる」では発災の翌日1月2日に「令和6年1月能登半島地震 災害緊急支援寄付サイト」を開設しました。
これまでに支援した被災自治体数は29自治体、寄付受け付け自治体数は34自治体、寄付総額は15億円以上※にのぼります。※ 2024年7月1日現在
緊急支援寄付サイトへの反響
これまでの災害支援寄付では最も多いものでも総額3億円強であったのに対し、能登半島地震ではその5倍もの寄付が集まっていることがわかります。
実際に、サイト開設(1月2日)から3日間で1憶円を突破し、「さとふる」では最速での1億円突破となりました。その後、1月17日には10億円を突破しました。
またさとふる公式Xでは、災害支援サイト開設の投稿に「いいね」・リツイート(転載)ともに 1,000 件以上の反応があり、多くの方がふるさと納税を活用した災害支援に賛同し、SNSを通じて拡散していたことが分かります。
お礼品を受け取ることでの支援
災害支援寄付以外にも1月に発生した能登半島地震により被災した自治体を、ふるさと納税で支援する動きが高まっています。
「さとふる」における検索キーワードランキングでは、2024年1月前半の1位が「石川県」となったほか、上位10位までに複数の被災自治体名が挙がりました。
被災地のお礼品の中には、寄付件数が昨年同期比で900倍以上に増加したものや、お礼品ランキングで急上昇したものが見られました。そんな中さとふるでは、1月30日に「令和6年能登半島地震 被災地応援お礼品特集」を公開しました。
特集では、一人でも多くの方々に被災地域や事業者を長期的に応援してもらうことを目的に、被災地域のお礼品だけでなく、地域から届いた声や被災状況をあわせて紹介しています。2月の検索キーワードランキングではこの「令和6年能登半島地震_被災地応援お礼品特集_掲載お礼品」が1位となり、さらに特集公開後の掲載お礼品への寄付件数は前月比で約2.3倍※に増加しました。このことから多くの方が被災地を応援したいと、特集を通じてふるさと納税での被災地支援に関心を持ち、実際に寄付したことがわかりました。
※ 2024年1月1日~2024年1月29日と2024年1月30日~2024年2月27日の寄付件数を比較
被災地の"いま"ふるさと納税による影響は
震度6強を観測した能登町では、直接死2名、関連死7名、重傷20名、軽傷25名、建物被害は全体で約1万棟にのぼります※1。その他、道路・河川・農地等にも甚大な被害が及んでいます。発災後に開設した避難所は最大で72箇所、5,481名が避難しており、発災から5か月が経過した今でも約80名が避難所での生活を強いられています。
能登町 ふるさと振興課 蔦 恵一さんはこう話します。
「地震を境に私たちの暮らしは大きく変わりました。尊い命が失われ、家屋や事業所、生活基盤への甚大な被害、停電や断水等のライフラインの被害などにより、すべての町民が被災者となりました。
現在、水道は全戸で復旧※2し、また9地区で応急仮設住宅の建設が予定され、入居が始まっている地区もあります。しかし、多くの町民が今後の生活に悩みや不安を抱えており、それらを解消するために、今後の見通しを示し、早期に生活基盤である住まいや暮らし、生業の再建を急ぐ必要があります。
ふるさと納税お礼品提供事業者においても、事業所の全てが倒壊、商品の全てが喪失、発災後人手不足に陥った、水が来ず商品製造できないなど、ほとんどの事業者が甚大な被害を受けました。そのような中でも、寄付者の方の応援に応えるため、そして全国に能登町の地場産品を届けるために、少しずつ再開する事業者が増えてきています」(蔦さん)
災害支援寄付サイト開設当初から受付を開始した能登町では、これまでに1億2千万円以上の寄付が寄せられています※3。
※1 2024年5月23日現在 ※2 仮復旧含む、宅内漏水除く ※3 2024年7月1日現在
そんな能登町にある「むらのもちや」は、戦後より創業した米屋が始まりのお店です。米どころでありながら地元のスーパーには大手メーカーのおはぎなどの米の加工品が並んでいるのを寂しく思い、2000年に米の加工品を製造販売する会社として設立しました。「むらのもちや」がある能登町柳田地区は、能登エリアでも寒暖差があり、古くから米どころとして名の知られた地域です。「むらのもちや」では、地元農家がつくるお米を販売し、地産地消に貢献してきました。
「むらのもちや」の福池 凡恵(なみえ)さんに能登半島地震についてお聞きしたところ、元旦の地震であったことによる影響もあったと話します。
「発災時は通信環境が遮断され、不安な状況が続きました。お店全体の状況確認をおこなうと、米蔵の崩壊や、停電により冷凍庫が機能しない問題など、何から手をつけていいものやらと途方に暮れましたが、優先順位をつけ、崩壊した米蔵の中から米を運び出し、天井が落ちた倉庫から資材を移動させ、冷凍庫と発電機を接続するといったように毎日奔走していました。処分せざるを得なくなった商品も多くありつらい気持ちでした。
元日だったことから、正月明けに地元の商店に納品予定だった商品は行き場を失い、代わりの販路を探すことにも苦労しました。本来であれば寒の時期はかきもちづくりにあたりますが、今年は断水によりかきもちづくりができず、限られた商品を製造してきました。
従業員全員が被災者であり、疲弊し不安な気持ちを抱えながら今日まで必死に頑張ってきました」(福池さん)
地震により崩壊した米蔵での復旧作業の様子
発災から現在に至るまで、地元の商店や企業は通常営業できているところが限られており、地元での販路を多く失ったそう。そんな中、ふるさと納税が助けとなったと福池さんは話します。
「ふるさと納税に参加して良かったと思うことは、何といっても全国各地の皆さまに商品をお届けできることです。自社のオンラインショップもございますが、見に来られる方はむらのもちやの商品を求めていらっしゃる方であるのに対し、ふるさと納税は圧倒的に間口が広いので、なんとなく目に留まってご購入いただいた方にも、そこからむらのもちやや能登町のファンになっていただけるところが魅力だと感じています。
さらに今回の地震では、ふるさと納税で全国の方からの温かいご支援のおかげで行き場を失った商品の販路として随分助けられています。『さとふる』は自社のECサイトと違い、送り状発行の手間もなく受注から発送までの作業工程は少なくシンプルなので、被災による人員不足の私たちには大変ありがたい存在です」(福池さん)
行き場を失った商品が一時、山積みに
被災地では大変な状況ではありながらも、寄付者の応援に応えよう・応援を励みに事業を続けようと動き始めています。
前編ではふるさと納税によるさまざまな被災地支援や、被災地の声を紹介しました。
後編では、熊本地震以来となる「代理寄付」実施となった背景や、アンケートから見えてきた寄付者の変化、被災地の今後についてご紹介します。
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