知る人ぞ知るブランドトマトを生み出す。原田トマト
原田トマト「星のしずく」
徳島県は全国シェア99%を占める「すだち」をはじめ、多くの農産資源に恵まれ、「関西の台所」と呼ばれています。なかでも、県北部、吉野川の北岸に位置する阿波市は各種農産物の産出量が県内最大であるだけでなく、質の高さでも知られています。
そんな阿波市の生産者の中でもひときわ異彩を放っているのが、「原田トマト」の原田弘子さん。自家生産のトマト「星のしずく」のブランド化と6次産業化に成功し、2017年には阿波市へのふるさと納税で申し込みがあったお礼品の実に3分の1を占めて第1位に輝くなど、今や日本全国に多くのファンを有する存在です。
フルーツトマトとの出会い
原田家では以前より、メロンなどの生産を行っていたそうですが、弘子さんはある日、知人からもらったフルーツトマトを食べて、あまりの美味しさに愕然とします。
「私もこういうトマトを作りたいと思いました。それで夫を説得して、当時9棟あったハウスのうちの2棟でトマト作りを始めたんです」
すると、作ったトマトは友人たちに大好評となり、評判はあっという間にクチコミで広がり直接注文が入るようになり、翌年からは9棟すべてでトマト作りをするようになったといいます。
思いがけない出会いから始まったトマト作りですが、原田さんご夫妻の栽培方法は、独自なものでした。
「子どもたちに安全・安心なものを食べさせてやりたいと思いました」
原田さんは、土づくりと化学肥料未使用・化学農薬の使用低減を一体的に行う「とくしま安2GAP 優秀認定」と「徳島県エコファーマー」の認定をとり、有機栽培に取り組みます。
また、ハウス内ではハーブエキスを放って防虫に努める一方、トマトにストレスをかけない工夫をします。たとえば、トマトは斜め45度下方に蔓を誘引するのが一般的なのですが、原田さんはそれをせず上下に伸び伸びと生育させるのです。ストレスフリーという点では、ハウス内でクラシック音楽をトマトに聴かせる点も注目されます。
糖度以上に大切なものがある
こうして作られる「星のしずく」は、一般のトマトが糖度5~6であるのに対して糖度8~12以上、鉄分やビタミンCは通常の約3倍にのぼります。
「ただ、トマトの美味しさを決定するのは、甘味と酸味のバランスです。そして、食べた瞬間に感じるコクと旨味が何より大切です。ですので、近年は糖度の測定を行っておりません。自分が食べて美味しいと感じることが大切だと気づいたのです。旨味とコクがあるトマトは本当に美味しいんですよ」(原田さん)
原田さんは「星のしずく」を使って、加工食品作りにも取り組みます。自宅敷地内に工場をつくり、2012年のトマトピューレ、そして大ヒット商品となるゼリー「スタードロップ」など、次々に新商品を生み出していきました。
一般に、加工食品はキズモノなど生果のB品を使うと言われますが、原田さんの姿勢は真逆です。
「キズモノを使うと、それがそのまま加工食品の味に出てしまいます。ですので、身のキレイなトマトを使います」
トマトゼリーにも厳選したきれいなトマトが使われている
もとからのお客さんたちに生産者しかできないトマトだけで作った商品をお客様に提案するために加工食品を作る原田さんならではの想いです。
人気は高まる一方でしたが、直接注文をしてくれるお客様のみに販売し、スーパーなどに卸したり、ネット通販に打って出ることはしませんでした。
ご夫妻と娘さん、それにパート女性の4人だけで、トマト栽培に加え加工食品作りまでしているのですから、無理もありません。
2016年、そんな限られた人にしか販売していなかった「星のしずく」が阿波市の「ふるさと納税」のお礼品に選ばれたのです。
人生の新たな可能性を開いたお礼品選出
「ふるさと納税のお礼品となり、一気に注文が増えてしまうのではと懸念していましたが、注文が増えた一方で楽になった部分も多かったです」と原田さんは語ります。今まで自分でやっていた配送伝票の作成なども「さとふる」経由で入った寄付のお礼品の発送分は配送業者が準備するので書く必要がなく、繁忙期をずらして受付を行うなどの調整も可能なため、今までやりたくてもできなかった「顧客層の拡大」を無理なく実現できたからです。
「月に何度もふるさと納税してくださるお客さんもいらっしゃるんですよ」とほほ笑む原田さん。
それだけではありません。お礼品に選ばれたことで、原田さんの人生に新たな可能性が開けてきました。その収益を活用して設備投資を行うことで、夢だった「農家レストラン」を毎月第1土日限定ながら本格開業できたのです。
これまで13年間、徳島市内の料理教室に通い続け、トマトの新たな可能性を追求し続けてきた原田さんが、「星のしずく」を軸に、様々な地元食材を用いて、腕によりをかけた料理を提供。これまた大好評です。
念願だったレストランは自宅を改装して作られた
「"食でみんなに喜んでもらいたい"そう思っていた私にとって、レストランは昔からの夢でした。"きょうはいい1日だった"と満面の笑みを浮かべて帰られる姿を見るのが何よりうれしいんです」と目を細めます。そして、「原田トマト」の"これから"について彼女は語ります。
「私は今64歳なので、レストランをこれから先10年間はやりたいですね。ただし、今までのような規模でのトマト栽培は向こう5年間で終了し、以降は、レストラン向けだけにして、レストランを毎週金・土・日曜に運営したいと思っています」
思いがけない出会いから始まったトマト作り。そしてふるさと納税のお礼品に選ばれたことで実現しつつある夢。穏やかな笑みを湛えながら、軽やかに人生の節目を乗り越えてゆく原田さんの姿に"阿波女"のひとつの理想像が垣間見えるようです。