しらはた農園MOTO 脱サラし、事業承継を経てブドウ農家に
兵庫県南西部に位置し、姫路市中心部から西へ約40kmの場所にある兵庫県上郡町。自然豊かな町内では昭和30年代からブドウ作りが盛んで、町を代表する農産物の一つになりました。上郡町細野地区でも、約半数の世帯がブドウ作りに携わっていましたが、高齢化などの理由から生産者は減少。最後の一人となっていたところ、移住者に事業を承継することで、地域の誇りであるブドウ作りが受け継がれました。2019年に上郡町に移住しブドウ農家となった、しらはた農園MOTOの田中源道さんを訪ねました。
サラリーマンからブドウ農家へ転身
祖父の実家が岡山県のブドウ農家だったという田中さん。子どものころから祖父の実家の圃場で遊んだり、仕事を手伝ったりしていて、いずれはブドウを作りたいと考えていたそうです。
「僕自身は姫路市で生まれ育ちました。ブドウ作りは定年後の楽しみに...と思っていましたが、サラリーマンとしてオフィスワークを続ける中、ブドウ作りをやりたいという思いが強くなりました」
平日は会社に勤め、週末は長野県や山梨県、岡山県など、全国各地のブドウ畑を訪ねていたそうです。そんな田中さんのうわさを聞きつけて、声を掛けてきたのが上郡町だったといいます。
「他の地域で事業承継のお話が進んでいた時でした。上郡町の方には何度かお断りしたのですが、『まずは圃場を見るだけでいいから、1回で良いから』と熱心に誘っていただきました。上郡町と同じ播磨出身ということも熱心に誘っていただく理由だったのかもしれません」
田中さんが受け継いだブドウ畑
奥に見えるのは細野地区の集落
断るつもりで圃場を訪れると、ちょうど日暮れ前の夕日が美しい時間帯。谷地形の細野地区は段々畑で作物を育てており、田中さんが訪れた畑は山の上の地区を見下ろす場所に位置します。眼下に広がる夕日に照らされた住宅や田畑を見たときに運命的なものを感じたそうです。
「景色の美しさに目を奪われたのはもちろんですが、畑の立地条件も決め手の一つでした。決して広くはないのですが、山の上から湧水が流れ込み、それが甘くて美味しい。岩石の地層で段々畑なので水はけが良く、昼間は地区の南側に流れる千種川の方角から暖かい空気が昇ってきて、夜は山頂から冷たい空気が降りてくるので寒暖差がある。ブドウ栽培にはぴったりの場所でした」
圃場近くを流れる沢
山頂から流れる湧水が細野ブドウの美味しさを生む
その後1か月ほどで、トントン拍子に事業承継や住まいの確保など移住の準備が整い、上郡町へ移住しました。「しらはた農園MOTO」という名前は細野地区の入り口に遺る、史跡「白旗城跡」と田中さんの名前から名付けたそうです。
細野ブドウの価値を高めるために
田中さんが移住した上郡町細野地区は、約30世帯ほどが暮らす谷地形の集落。以前は15世帯ほどがブドウ作りをしていましたが、田中さんが承継した畑のオーナーが地区最後のブドウ農家でした。
「先代にはブドウ作りの技術的なことなどを学ばせてもらっています。地域の皆さんもブドウ農家だった方が多く、圃場の拡張や農繁期の作業などを手伝っていただいているんです。皆さんベテランなので、頼もしいです」
田中さんが承継したことによって、引退した近隣農家の方たちは再びスキルを活かして働くことができ、収益を得ることにもつながりました。
田中さんが受け継いだ「ベリーA」などのブドウ棚
細野地区で田中さんが特に惹かれたのが「ベリーA」というブドウの品種だそう。
「初めてここのベリーAを食べたときに、他の地域で生産されたものとは違う、コクの強さに驚きました。各地で作られている品種ですが、経験値に味が左右されやすいです。しかも小粒で作る手間がかかるのに、あまり高く売れません。でも、この地域の人たちは細野のベリーAが美味しいことを知っていて、『ベリーAは残してほしい』といろんな方にいわれました」
田中さんは細野地区のベリーAの価値を高めるため、ワインに加工することを思いつきます。
「生食以外にワインに加工することで、細野地区産のベリーAの需要を高められないかと考えました。現在、引き継いだ圃場を4倍にする拡張作業をしています。ワインの醸造については、全国を回っていた際にワインの醸造現場でお世話になっていたことが役立ちました」
2019年に収穫したベリーAから作られたワインは、約150本。田中さんは宣伝を兼ねたお披露目会を実施しました。
「姫路市内のワインバーで開催し、50名ほどの方が集まってくれました。いずれは収穫体験会を農園で開いて、ブドウ作りやワイン作りなど、いろんな話をしながら現場に触れていただき、農園のファンを増やしていきたいと思っています」
姫路市内で行われたワインのお披露目会の様子
ワインを振る舞う田中さん
額に入ったイラストは、しらはた農園MOTOのワインラベル
現在は細野ブドウのお礼品提供のみですが、いずれはワインや収穫体験などもふるさと納税のお礼品に増やしていきたいと考えているそうです。
ふるさと納税で細野ブドウと農園のPR
積極的に活動する田中さんが、ふるさと納税に参加するきっかけは何だったのでしょうか。
しらはた農園MOTOがお礼品提供している細野ブドウ
「先代の時代から上郡町のふるさと納税に参加していたので、それを引き継ぎました。実は『やめた方がいい』といわれていたんですよ。というのも、ブドウは収穫のタイミングが難しく、予定通りの数を確保できる確証が無いからです。ですが、僕は『ふるさと納税がうちのブドウの広報になるのではないか』と考えました。実際、ふるさと納税サイトに掲載されているのを見て『売ってほしい』と連絡がきたこともあります」
生産者自身が全国の消費者に向けてPRすることは、お金も時間も労力もかかり、なかなか実行できないという話をよく耳にします。そんな中、ふるさと納税に参加することは「今までできなかった全国へのPRになる」と考えるお礼品事業者は多いようです。
山頂近くに鎮座する武祖神社
毎朝ここに参拝してから田中さんは圃場の作業を行う
自身のブドウ作りへの情熱と出会いなど、様々な縁が重なり上郡町へたどり着いた田中さん。細野地区で受け継がれてきたブドウ作りを引き継ぎ、ワインの醸造などの新たな息吹をもたらそうとするしらはた農園MOTOにこれからも期待しています。